| 「Teach the reason」 |
「朱禍は」 自らの名前を呼ばれ、朱禍は黒髪黒目の少女をその翡翠の瞳に写した。 会って三日経っただろうか、その程度の知り合いでしかない少女の続けた言葉に眉根を寄せる。 「なんで人殺すん？」 拙さの滲む口調で、宵闇に水を湛えたかのような瞳で、咎める訳でもなく詰る訳でもなく純粋と言うよりかは透明に。紡がれたその問いかけの裏にはどんな意図があるのだろうと朱禍は探るようにその少女を、今度は意志を持って見つめた。 確か名前は、杉野宮・茜。 「何故……？」 そんなことを聞くの？ 質問に質問で返されて、茜は首をかしげた。 「なんでかなぁ思ぅて。」 無邪気さすら無く、好奇心さえその瞳に写さずに答えられて苛立ち僅かに、本当に僅かにだが眉根を寄せる。 それでも、無視するにはその眼差しは強すぎて―――――端的に朱禍は答えた。 「殺されるから。」 そう、殺されるから殺す。ただそれだけで、それ以上でもそれ以下でもない。別に朱禍は快楽殺人者でもないし、もっと言ってしまえば戦闘という行動自体本当は面倒なのだ。なのに自分を殺そうとする存在がいるから、それを排除するために剣を振るう。 たったそれだけの理由だと言うのに、目の前にいる生き死になどとは無縁そうな、生ぬるい平穏そのもののような少女は朱禍の言葉を反芻してから再び首をかしげた。 「殺さへんようにはできへんの？」 何を 何を言っているのだろうかこの少女は。 答える必要性すら感じられず、朱禍は無言で踵を返した。 「―――――できへんの？」 「自分を殺そうとした存在を生かす意味がわからない。」 「重くないで？」 即座に返された言葉の意味を取りあぐねて、振り返ればやはりただ透明な漆黒の瞳とぶつかる。 「重い……？」 「朱禍はまだ背負うん？」 ―――――――あぁ 何を言っているのか理解してしまって、朱禍は短く吸気した。 重い？ えぇ、重いわ。この手で刈り取った命はとても重い。 だけど 「何故、あなたに言われなければならないの……？」 命を奪う瞬間も、殺されそうになる刹那も、何も知らないあなたに問われるいわれは無い。 それとも 「あなたも、殺したことがあるの……？」 そうでないのならば踏み込むなと、言外に込めて問えばその首は左右に振られた。 「なら――――」 「けど背負うてるよ」 話を打ち切ろうと紡がれた言葉を遮って言い、茜は静かに微笑み、続ける。 「『世界の柱』やから。」 「……？」 初めて耳にする固有名詞に眉根を寄せた朱禍に、茜がその意味を説明することは無い。 『世界の柱』というのが、世界を支え、その上で生きる全ての命を護らねばならないただ唯一の存在であることを、茜は口外しようと思ってはいないから。 ただ、問いたかった。 自分が支えるのとは違う世界で、方法も過程も何もかも違うが他者の命を背負う自分と同じくらいの年齢だろう少女に、 それを背負わぬ選択肢があるのに何故選ばないのかと。 「朱禍は、なんで背負うのん？」 「それは……」 戸惑い翡翠の瞳を揺らし、けれど揺らぎよう無く真っ直ぐにそれ以外の回答など知らないかのように、朱禍は言葉を紡いでいた。 「生きるために。」 それが生きる手段だから。 そう答える朱禍に茜は数度目を瞬いて 嬉しそうに笑んだ。 「朱禍もお友達やね。」 「……？」 脈絡の無い言葉に疑問符を浮かべた朱禍の白く細い両手を握り、茜は言葉を重ねた。 「お友達や。」 あまりにも嬉しそうに紡がれた自分には無縁なその単語に、 微笑んだ朱禍の顔は「カーラもお友達なんよ」という続けられた言葉によって盛大に歪んだのだった。 |
| 執筆：2006/10/28 |